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旧日本軍の特殊潜航艇の追悼慰霊式をオーストラリア海軍が挙行
【2007年8月7日】

長年行方知れずだった旧日本軍の特殊潜航艇が、昨年11月にシドニー沿岸から約5キロの海底で64年ぶりに発見されたことをご存知でしょうか? 

昨日オーストラリア海軍によって、その特殊潜航艇の乗組員と遺族のための慰霊追悼式が、襲撃によって沈没した宿泊艦HMASカッタバル(またはクッタバル)の慰霊碑が建つガーデン島海軍基地と発見現場付近の洋上で執り行われました。

式典には、乗組員だった伴勝久さん(当時22歳)と芦辺守さん(同24歳)のご遺族19人のほか、カッタバル乗組員の生存者ニール・ロバーツさん(同18歳)をはじめとするオーストラリア海軍関係者、駐オーストラリア日本大使ら両政府関係者のほか、訓練訪問中の海上自衛隊員も参列。オーストラリア海軍の駆逐艦HMASメルボルンに乗船した遺族の方々は、特殊潜航艇が発見されたバンガン・ヘッド沖で冥福を祈りながら、船上から海に日本酒を注ぎ入れ、オーストラリア海軍からは海底付近で採取された砂を入れたつぼが贈呈されました。

2人乗りの特殊潜航艇は、第二次世界大戦中の1942年5月31日から翌朝にかけてシドニー湾を襲撃した三隻のうちの一隻で、ほかの二隻は早々に発見されて引き揚げられた後、同年6月9日にオーストラリア海軍による海軍葬が行われ、乗組員4人の遺骨も日本に返還されています。

最後の一隻は、何度もこれまでに「見つかった……かも?」とガセネタが流れた挙句、とうとう本物と認定されたもの。素人考えで「当然、引き揚げでしょ!」と思っていたところ、どうやら海底にそのままの状態で保存され、今まで通りそっと眠り続けることになるようです。


オーストラリア戦争記念館のアンザックホール
(c) Australian Capital Tourism

首都キャンベラにあるオーストラリア戦争記念館のアンザック・ホールには、戦時中に引き上げられた二隻の特殊潜航艇をつなぎ合わせた現物が展示されていて、誰でも見学することができるようになっています。キャンベラまで足を延ばす日本人旅行者は少数派ですが、ココを訪れることによって、オーストラリア体験がぐんと深みを増すことは間違いないでしょう。

日本とオーストラリアが、不幸にも敵味方となって戦った戦争が終わってから、60余年の歳月が流れました。ともすれば、今の友好的な日豪関係、ひいてはフレンドリーな笑顔も当たり前のように思ってしまいがちですが、「日本はオーストラリア本土を攻撃した唯一の国」という事実をオーストラリア人なら誰だって知っています。その重さをわたしたち日本人も受けとめて、平和な未来に繋げていかなくては、としみじみ思う今日この頃です。

合掌

【関連】
Memorial for Japanese submariners (慰霊式の動画)from Sydney Morning Herald

Navy divers perform archaeological survey on Japanese Midget Submarine M24 (海軍ダイバーによる特殊潜航艇の調査の動画) from Department of the Environment and Water Resources

「カウラの悲劇」から60年

(「地球の歩き方」オーストラリア・シドニー特派員ブログ掲載)