■シティ・トゥ・サーフ
サマータイムが終わって朝晩冷え込むようになると、「そろそろ走ろうかな」と思う。シドニーでは、毎年8月に“シティ・トゥ・サーフ”と呼ばれる14キロ走が行なわれるのだ。文字通りシティの中心部がスタート地点で、有名なボンダイ・ビーチがゴールだ。
私の場合、出場申込用紙を目にしてから、気が向いた時に少し走ってみるだけだから、まさか本気で最後まで走り続けられるわけがない。おまけに、起伏の多いコースの途中には、“シティ・トゥ・サーフ名物・心臓破りの坂”と呼ばれる急勾配がある。この坂では、9メートル進むごとに1メートルずつ標高が上がっていく。初めての時には、「出場したことを後悔するだろうな……」と思いながらコース案内を眺めたものだが、実際は素晴らしい景色が続くところで、何だかとても気持ちがよかった。上るにつれて眼下に青い海と、そこに浮かぶたくさんのヨット、キラキラ光る水面が広がり、その向こうに見える対岸の街並みと木々の緑などが見える。シドニーは本当に美しい街だと実感するのだ。
このレースには招待選手も出場する。彼らのあとには、前年のタイムが100分以内だったAグループと呼ばれるタイム重視の一般ランナーが真剣に走る。
一般参加にはそのほかに2つのグループがあって、特に最後にスタートするグループには本当にいろいろな人がいる。仮装している人、手をつないで歩くお年寄りの夫婦、親戚一同が集まりどちらかと言えばおしゃべりに夢中なグループなど。乳母車にもゼッケンがつけられている。
出場者数はここのところ毎年5万人近くにまで膨れ上がっている。以前は全員の名前とタイムが翌週の新聞に掲載されたが、今は登録した順に3万5千人だけとなったそうだ。
沿道にも多くの人が出て大きな声援が送られる。途中、ロックバンドが演奏していたり、机の上にオレンジを剥いたものを大量に並べている民家があったりする。給水場ではボランティアの人たちが、水やスポーツ飲料を手渡してくれる。ゴールまで数キロのところには、ジャズを演奏しているおじいちゃんたちがいて、私はついついいつもそこで足を止めてしまう。
子どもたちがホースを使って、道路に向けて水を撒いているところが数か所ある。晴れなら結構気温は上がるので、喜んで水にかかりに行くランナーで混雑している。
ただし、8月はオーストラリアではまだ冬なので動き出すまではさすがに寒い。スタート前に着ていた服を預けて、ゴールしてから受け取ることもできるのだが、多くの人はトレーナーなどをスタート地点で脱いで木にひっかけたりして置いていく。これらはまとめて回収されてチャリティーにまわされる。
年中行事のようなこのイベントには、いろいろな方法でたくさんの市民が参加していて、何となく「ほんわか」したフレンドリーな雰囲気が街中にも漂う。その雰囲気と、“心臓破りの坂”からの眺めを楽しみに、今年も“シティ・トゥ・サーフ”に「参加」しよう!
(月刊「清流」〜世界の街角から〜掲載)
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